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熊本訪問中の天皇皇后両陛下、水俣病慰霊の碑に花を手向けられる

水俣

熊本県を訪問中の天皇皇后両陛下27日午前、水俣病が発生した
水俣湾で海づくり大会の稚魚の放流行事に臨まれました。
水俣湾では、汚染されたヘドロを埋め立てなどで封じ込めた結果、
湾の魚からは20年近く国の基準を超える 水銀は検出されていないと
いうことです。 両陛下がヒラメとカサゴの稚魚を放流されると、
参加者たちは豊かで美しい海づくりへの誓いを新たにした様子でした。

午後。
水俣市を両陛下が訪問されるのは、初めてのこととなる。
両陛下は、市内の水俣病慰霊の碑を訪問し、花を手向けられた。
そして、水俣病資料館では、水俣病の歴史資料や胎児性水俣病患者の
写真などを熱心にご覧になった。
このあと、水俣病患者やその家族が、自分たちの経験を語り伝えている
「語り部」たちの話を聞き、
1人ひとりに声をかけて、苦労をねぎらわれた。
初めに、語り部の会の会長で水俣病患者の緒方正実さんが
「差別や偏見を恐れて38年間症状を隠し続け、
その後10年かけてようやく患者と認められました」と話しました。
これに対し、天皇陛下は「お気持ちを察するに余りあります。
さまざまな思いを込めてこの年まで過ごして こられたことに深く思いを
致していますと述べ、これまでの苦労に思いを寄せられました。

請願書
請願書2

【田中久稔】23年前、水俣病患者の補償実現のために奔走し、
天皇陛下への「請願」を考えていた人物がいた。
墨書の請願書が日の目を見ることはなかった。
その息子を含む水俣病の患者・家族が27日、
熊本県水俣市を初めて訪れる天皇、
皇后両陛下と懇談する。請願書の行方は分からないが、
その写しが残されている。

請願を書いたのは、患者団体「チッソ水俣病患者連盟」
委員長で水俣市議も務めた川本輝夫氏。
国の基準では水俣病と認められない未認定患者の救済に生涯をかけ、
1999年に67歳で死去した。

(写しは、川本氏のブレーンだった元労働団体役員の
志垣襄介さん(68)が保管していた。)


一の 政府に対しての御提言は無理・・・

二の 天皇の御名代として皇太子あるいは秋篠宮か常陸宮に
   お出でいただくこと

勇気の「請願書」です。
手続き・内容についての是非は置いといて
1990年・平成2年9月26日(請願書の年月日)

お待たせしました。。。
いらして下さいましたよ!

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1942年(昭和17年)水俣市の月ノ浦(つきのうら)という漁村で発生

1956年(昭和31年)5月1日にチッソ付属病院の細川一院長が 
   「今までなかった新しい病気が出ている」と水俣保健所に
   申し出ました。(確認者)
1959年(昭和34年)、水俣病の原因は有機水銀中毒であるとの報告書を
   厚生省に提出した熊本大学医学部の研究班は翌日解散させられる。

   同年末にチッソと患者との間に見舞金契約が成立した。
   一種の補償協定であるが非常に低額であった。

   同時にチッソは患者から「将来、水俣病の原因が工場廃水と
   分かった場合にも、新たな補償金の要求は一切行わないものとする」
   という契約書をとり、原因の確定と対策をずるずると引き伸ばす
   ことにより、被害はさらに拡大していった。

第二の水俣病と言われる新潟県昭和電工は、美智子様の妹さんの嫁ぎ先
ですが、水俣での公表が迅速にされていたら、未然に防げ、熊本チッソと
違い、昭和電工の素早い調査と診察で 胎児性水俣病とされたのは1人で
あった。新潟では、水俣病の典型重症例に限定されることなく幅広く
とらえられ、このとらえ方は後に第一の水俣病の見直しにもつながった。  
1968年(昭和43年)厚生省は水俣病を正式に公害病と認定した。

◆水俣病の責任◆ ・発生責任 ・被害の拡大責任 ・その救済責任

江頭豊 日本興業銀行(現・みずほ銀行)から
昭和39年(1964年)新日本窒素肥料専務取締役に就任。
12月取締役社長に就任。昭和46年(1971年)7月、チッソ社長を退任し、
会長に就任。昭和48年(1973年)5月チッソ会長を退任し、相談役に就任。
日本興業銀行の最後の役職はわかりませんが、チッソでは見事に
会長から相談役まで登り詰めた人。退職後もコンクリ御殿建設にあたり
高齢にも関わらず日本興業銀行から特別融資的なる待遇を受ける。

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昭和24年5

昭和天皇は、チッソ水俣工場を昭和六年と昭和24年に訪問あそばされました。

くまもん

「33回全国海づくり大会」 ◆ 後援・農林水産省、環境省
1981年(昭和56年)大分県 から始まり今年で33回目。
天皇皇后両陛下は25回目のご臨席(宮内庁広報)
・全国植樹祭・国民体育大会・全国豊かな海づくり大会
これは視察も兼ねて毎年行われています。
宿泊になると「提灯奉迎」がある!

「全国海づくり大会」ご予定
34回 2014年(平成26年) 奈良県
35回 2015年(平成27年) 富山県

水俣へ行かれる事は随分前から、お決めになられて
いたのかもしれません。




これ! ご予定の中にありましたが笑顔が嬉しいです!
お健やかに それだけです。

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