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泉涌寺さん 秋篠宮両殿下お成りです 12月3日

秋秋1-1
(今年のお写真ではございません)


皇室スケジュール12


12月3日 京都東山・泉涌寺さん 秋篠宮両殿下お成りです。(日帰り)

皇室の菩提寺 御寺泉涌寺。 殿下は「御寺泉涌寺を護る会」 総裁。

節目の折には四代前までの天皇陵墓にご参拝。(昭和・大正・明治・孝明)

泉涌寺さんには、四代前の「孝明天皇」の「後月輪稜(のちのつきのわのりょう)」が!

眞子様成人の折にはご家族で、ご参拝されております。

今回は「総裁」として・・・・・です!


秋秋2355

「神」ではなく寺、皇室の菩提寺。

16人の天皇陵墓、皇后、皇族336名の陵墓があり、お位牌数が凄いです。

暫く行っていません。。。 昭和63年秋、日本は「自粛」体制になりました。


DSCF0432.jpg

私事ですが・・・
昭和63年11月8日 泉涌寺さんで「天皇陛下」のご回復祈願に記帳致しました。

これを書いて下さったお坊さんが「京都のお寺さんは今どこも、般若心経を唱えてます。」

宗派を問わず唱える。 「お時間があれば一緒に」 「はい」


DSCF0433.jpg

後月輪稜 も下さいました。


DSCF0437.jpg

年を越して昭和64年1月6日  京都の鞍馬山へ登りました。

都を守る為に京の北には! 霊験あらたかな北方の守り神である鞍馬山「毘沙門天」が!

江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書(えどをしょうしてとうきょうとなすのしょうしょ)
明治元年7月17日に明治天皇が発した詔勅。  でも京都の方は

明治天皇さんは「遷都宣言」されてへんし「お上」は東京へお出かけのまま。

それでいい。 京都のお寺さんが一丸となり般若心経を唱えたのだから。


DSCF0444.jpg


翌日・・・午前6時33分 吹き上げ御所にて崩御。

葬列に八瀬童子は6名が付従の記事を読み、少し安堵した記憶がある。

八瀬童子に興味をもち八瀬まで行ったのですが 少し手前で「恐怖」を感じ・・・断念。


その時が訪れたら、つつがなく、、、つつがなく、、、あちらは、、、無理

想像以上の忍耐と努力の積み重ね、経験の数々、気配り、身のこなし、品格! 他多数


DSCF0687.jpg

お顔が・・・


hon.jpg

似てきました・・・





2分02秒から少しですが秋篠宮殿下ご夫妻が! (少しです)

相応しきお二人でございます。

そう思いませんか?


護る
まもる。まもり。中のものを傷つけないように、外からとりまく。
かばいまもる。また、その手段や、その役目。

役目!
 

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No title

八瀬の童子と聞いて蘇る思い出。

昭和帝ご崩御の際に、名古屋生まれの私は、初めて、天皇崩御の時にのみ活動されるその方々のことを知りました。八瀬の童子。代々、童子の家として継承される存在の方々。

と共に、身近なところでも、動く人がおられた。

姑は京都の古い古い、後醍醐帝をかくまった云々の話が生きている(今は急激に薄れています)村落の出身です。その友人の中にも、なかなか不思議な方がおられて。

Aさんも不思議の一人でした。いつの頃かも知れない大昔、崩御の天皇の従者というか・・殉じる役と言うか、一緒に埋葬される、天皇周囲の人々が存在した。なるべく話をぼやかして書いています。Aさんは自分のことをあまり語られなかったので。

しかし、生きている人間であるから、秘密の場所から、逃がした。一応共に葬った形だけ作ったのですね。もちろん全てわかった上で為されたことです。

その人々は、本来の身分は大変高かったのですが、いったん「死んだ」ことになった人間。普通の人々には混じれず、固まって特殊な集落をつくって、そこに暮らした。近親婚が繰り返されたのですが、ニンゲンはたくましい、外から入って来る血もあり、少なくとも、昭和帝のご崩御の時点では、一見ふつうの暮らしをしておられたのです。

おそらくAさんは、何らかの形で、昭和帝を見送られた。歴史の闇と言うか、表には出て来ない話の中の人で、お会いしたこともありますが、美しい控えめな女性でした。

多分もう、この世にはおられないし、息子さんは東京で暮らしていると思います。

KUONさま

古事記から埋葬の甕棺に興味を持ち、同時進行の怨霊も兼ねて八瀬の入り口近くにある祭神・早良親王の崇導神社へ行ったら怖くて引き返し、八瀬村には入っていません。昭和天皇の父・大正天皇崩御での事wikに「大正天皇崩御」の報に接し、ただちに葱華輦を担ぐ練習を始めた八瀬童子」の画像が残っています。KUONさんは、凄い方とお知り合いですね。東京はつまらないです。歴史に登場する人達の居た場所に行くのが好きで、節目におられた方々は特に。一昨年は甕棺が出た事で明治天皇がご命令で直された豊国に登りました。今の東宮はあまりにも普段の生活が丸見えの透け透けで、情けなくなります。どこまでも高貴な方がであって欲しい、そう思う日々です。毎回色々なお話が聞けて嬉しいです!ありがとうございました。

お師匠、ありがとうございます

KUONお師匠とやまのこお師匠のやりとり、すばらしい~、です。
私の知らない奥深い世界があるのですね~。

かってに「お師匠」と呼ばせていただきます、お許しくださいませ。

あーや、きこちゃんを見つけてくれてありがとう
きこちゃん、あーやと結婚してくれてありがとう
(馴れ馴れしくスミマセン)

それにしても、雅子妃は「サンデー毎日」なのですね~。

sarahさま

とんでもないです!
私は「KUON塾」の新米ペーペーです!
お師匠様はKUONさまだけです!
BBさんや、KUONさまの、知識、統計、分析、そして観察力は
週刊誌を超え、本にもなりえるくらいの、お力でございますし
私は影を踏まず・・・!

秋篠宮さまご家族の、わきまえたお姿、努力あってだと思います。
あちらはちっとも努力なさいません。ふんぞりかえる姿が今や汚点に。
臨機応変の力も思考もない、もう拾う神も無し。あかんです・・・
雅子さんは羽田に現れるでしょけど、また必ずネタを披露!
あら捜しなぞしなくても~あっ! でしょうね。
ありがとうございました。
 
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